新緑の季節になった。この時期は前進座の役者はみんな東京に居る。毎年恒例の五月国立劇場公演の稽古の毎日。去年の五月は、僕は地人会公演「雁の寺」で四国と中国地方を巡演していたので、国立は二年ぶりの出演になる。今年の演目は、「佐倉義民伝」と「権三と助十」の二本立て。どちらも、再演を重ねてきた、前進座の財産演目といえるもの。義民伝は、悪政に苦しむ農民達を救うため、天下のご法度である将軍への直訴を決行し、処刑された木内宗五郎の物語。僕は確か六つの頃、宗五郎の子供の役をやったことがある。三人兄弟の真ん中。上に兄がいて、下にまだ赤ん坊の弟がいるという設定。宗五郎が直訴のためいよいよ江戸へ出向こうとする前夜、家族と最後の別れをするために帰ってくる。子供心にも、このまま父が去ってしまったら、もう二度と生きては会えないということを感じ取って、兄弟二人は「ととさま、行かないで」と泣き叫ぶ。兄のほうは出て行こうとする父を外まで追いかけて、すがりついては、振り払われ、またすがりつくという芝居。僕のやった弟のほうは、母と一緒に窓から顔を出して、「ととさま~、ととさま~」と叫び続ける。
母親役は五世河原崎国太郎、僕の祖父。「おじいちゃんが、背中をポンと叩いたら、ととさま~、とお言いよ」と言われて、叩かれるまでは絶対言っちゃいけないんだと強く思った。あるとき、祖父の体が背中に触れたのを、叩かれたと勘違いして、全然早く叫んでしまった。大変な失敗をしてしまったんだと、子供ながら落ち込んだこともあった。でも、何回か公演を重ねるうちに、叩かれないでも、言うきっかけが分かるようになり、そのうちにだんだん、ととさま~と言うたびにほんとに悲しくなってきて、涙がこぼれるようになった。さらに舞台を重ねていくと、どう見ても、兄役のほうが目立っていい役だよなぁ、と思うようになった。なんだか悔しくて、僕にもあっちのほうやらせてよと、ずっと思ってた。
その義民伝に今回大人になって初めて出演する。役所は打って変わって、権力側の役人石塚源之進。第二幕一場の「渡し小屋の場」に出てくるんだけど、出番はとっても短かくあっという間。でもこの場面の権力の象徴。大事な役だからきちんとやりたい。
もう一本は「権三と助十」。十数年前に、国立劇場でやった作品で、僕は今回「彦三郎」という事件を運んでくる役どころ。続きは次回に書くことにしよう。

5月12日(木)~24日(火)
前進座 五月国立劇場公演
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